東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)179号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実及び本願考案の要旨、第一、第二引用例の記載事項、本願考案と第一引用例のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
1 取消事由(1)について
(一) 前示当事者間に争いのない本願考案と第一引用例のものの一致点によれば、両者は共に、クラツチハウジングに形成された緩衝材押えとアウタパイプの後端部との間に緩衝材を介装し、これによりエンジンの振動を吸収し、アウタパイプにエンジンの振動を波及させない構成であることが明らかであるから、両者の防振のための構成は同一であり、この点に差異が存するものということはできない。
そして、成立に争いのない甲第三ないし第六号証により認められる本願明細書の考案の詳細な説明の項の「緩衝材が緩衝材押えとクラツチハウジングとにはさまれた状態を維持して緩衝材が剥離乃至脱離不能であるので、緩衝材はクラツチハウジングと緩衝材押えとアウタパイプとに囲まれた空間内に安定した状態で保持され、それ故緩衝材の変形に対する自由度が少ないので振幅の大きな振動がアウタパイプに誘起されることがなく、また緩衝材の弾性により振幅の小さな振動も吸収されるから、以上を総合するにアウタパイプに高度の防振効果が得られるものである。」(甲第三号証四欄一五ないし二五行)との記載によれば、原告が主張する緩衝材のバネ定数(自由度率)を望ましい一定値に保つことにより防振機能を充分に奏効させるという作用効果は、緩衝材をクラツチハウジングと緩衝材押えとアウタパイプとに囲まれた空間内に介装保持する構成からもたらされる作用効果に他ならないことが認められ、この構成を第一引用例のものも備えていることは前示のとおりであるから、右の作用効果において本願考案と第一引用例のものとの間に差異はないといわなければならない。
原告は、第一引用例のものはその構成によれば緩衝部材は硬く圧縮されてしまいバネ性が失われて防振機能を著しく低下させてしまうと主張し、成立に争いのない甲第七号証によれば、第一引用例のものの緩衝部材は緩衝部材押圧リングにより軸方向に圧縮される構成であることが認められるが、この緩衝部材が主杆に伝わる振動を大幅に減衰する効果を有するものであることは同号証により明らかであり、このような効果を奏することを目的として主杆と主杆取付筒部との間に介装される緩衝部材が、原告主張のようにバネ性が失われて防振機能が著しく低下してしまうほど圧縮されるとみることはできないし、また、右緩衝部材の材質が圧縮を受けるとバネ性を失う性質を持つ具体的に限定された材質のものと解すべき証拠はない。したがつて、原告指摘の右の点は、第一引用例と本願発明における防振のための技術が原告主張のように顕著に異なつているとする理由とはならず、審決がこの点に言及しなかつたことに誤りはない。
(二) 原告は、また、審決が相違点(1)(2)を判断するにつき採用した慣用技術に対し原告に意見を述べる機会を与えなかつたことは重大な瑕疵である旨主張する。しかし、右技術が慣用技術であることは原告の自認するところであるところ、考案が公知技術からきわめて容易に推考できるかどうかを判断するに当たつて、出願当時その考案の属する技術分野における技術常識を前提とすべきことはいうまでもないから、当事者が技術常識上当然に了知しているべき慣用技術につき、あらためて意見を述べる機会を与える必要のないことは明らかである。したがつて、原告主張の慣用技術につき原告の意見を徴しなかつたことに手続上の瑕疵は存しない。
(三) 原告の取消事由(1)の主張は到底採用できない。
2 取消事由(2)について
前示当事者間に争いのない本願考案の実用新案登録請求の範囲によれば、本願考案は、「緩衝材押え23とクラツチハウジング5を着脱自在に形成し」たことをその構成要件とするものであつて、この着脱自在に形成する具体的構成を構成要件とするものでないことが明らかである。そして、分解、修理、調整等の便宜のためある部品とある部品とを着脱自在の構成とすることが機械器具一般に慣用されている技術であることは原告の自認するところであり、本願考案の刈払機がその例外であると認めるべき証拠はないから、前示当事者間に争いのない相違点(1)に指摘されている第一引用例の緩衝材押えとクラツチハウジングが一体に形成されている構成を右慣用技術に従つて本願考案の着脱自在の構成とすることは、慣用技術の適用にすぎず、当業者がきわめて容易に想到できる範囲を出ないことは明らかである。
本願考案が前叙のとおり着脱自在に形成する具体的構成を構成要件とするものでない以上、一体形成を着脱自在形成に設計変更する手法が問題とならないことはあえて説明の要をみないところであり、この設計変更の方法を問題とする原告の主張は、その前提において誤つており、審決の相違点(1)についての判断は正当である。また、原告主張の異形面の有無は相違点(1)とは関係がないから、原告の取消事由(2)の主張は採用に値しない。
3 取消事由(3)について
緩衝材の抜止手段につき、第一引用例のものと本願考案との間に審決が相違点(2)に示す差異があることは、当事者間に争いがない。そして、軸又は筒等に嵌合された部材の抜出を防止する手段として付近の部材に抜止部を形成することが本願出願前に機械器具一般に慣用されている技術であることは原告の自認するところである。そうすると、第一引用例のものの緩衝材押えに形成しためねじとこれに嵌合するおねじを形成した緩衝材押圧リングとからなる抜止手段に代えて右慣用技術を採択すれば、本願考案の緩衝材押えの先端側に抜止部を形成した構成となることは明らかであり、本願考案の刈払機が機械器具一般の例外であると認めるべき証拠はないから、右慣用技術を刈払機に適用することに何らかの困難があるとは認められない。したがつて、第一引用例のものに右慣用技術を適用することは当業者がきわめて容易に想到できる程度のことにすぎないと認められる。
原告は、乙号各証の文献に示される抜止部の具体的構造と本願考案の異形面が形成された緩衝材押えの抜止部を対比して論じているけれども、乙号各証は前示の慣用技術一般を証するために提出された証拠であつて、これにつき個個の抜止部の具体的構造を論じても意味がない上、抜止部は、緩衝材が緩衝材押え長手方向に抜け出すのを防止する手段であることはその構成から明らかであるのに対し、異形面は、前示甲第三ないし第六号証により認められる本願明細書の考案の詳細な説明の項の「緩衝材押えと緩衝材との押圧面を緩衝材押えの内周面長手方向に対する異形面に形成して緩衝材を外方から円周方向に乱りに回らないよう確実に固止し、」(甲第三号証三欄二八ないし三一行)との記載によつて明らかなように緩衝材の円周方向の回動を防止する固止手段であつて、両者はその技術的意義を異にする別個の手段であるから、抜止部の構成に関する相違点(2)について論ずる際異形面の構成をいうことは当を得ないことというのほかはない。
原告の取消事由(3)の主張は理由がない。
4 取消事由(4)について
第二引用例に、審決の認定するとおり、刈払機の防振装置において、アウタパイプに緩衝材を固着し、把筒の内周面に形成した異形面に緩衝材の外周面に形成した異形面を嵌合して固止する構成が記載されていることは、前示のとおり当事者間に争いがなく、この構成が把筒と防震体(緩衝材)とを凹凸部で相係合させて回り止めとするものであることは、原告も自認するとおり、その構成自体から明らかである。そうすると、この構成を第一引用例における緩衝材の固止手段であることが当事者間に争いのない緩衝材押圧リングの緩衝材押えへのねじ込みという構成に代えて、本願考案の緩衝材固止手段(緩衝材押えとアウタパイプとの相対的回動の防止手段)として採用することは、当業者がきわめて容易に推考できることと認められる。
原告は、第二引用例のものは主管自体が防振されているものではないのに対し、第一引用例のものはアウタパイプ(右主管に相当する。)自体が防振されていることを理由に審決の判断を論難しているが、右の差異は緩衝材固止手段の構成とは関係がない。すなわち、第二引用例における把筒5(別紙第三図面参照)を第一引用例における緩衝材押えすなわち前掲甲第七号証により認められる主杆取付筒部13(別紙第二図面参照)に該当するものとして、第二引用例の構成を第一引用例のものに適用すれば、本願考案の緩衝材の固止手段にきわめて容易に想到することが明らかであり、原告主張の右差異は、第二引用例の構成を第一引用例のものに適用するにつき何らの妨げとなるものではない。
原告の取消事由(4)の主張は、採用するに値しない。
5 取消事由(5)について
原告が本願考案の効果として主張する(一)の点は、クラツチハウジングに対し緩衝材押えを着脱自在とした構成から当然に予測される効果として認められるものであり、(二)(三)の点は原告が各構成から生ずる自明の効果であることを自認するものである。
したがつて、本願考案の効果は、第一、第二引用例からきわめて容易に想到できる本願考案の構成から当然に予測できる効果にすぎないから、特段の効果が認められないとした審決の判断は正当であり、効果の看過をいう原告の取消事由(5)の主張は失当である。
6 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註その一〕本願考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
先端側に抜止部23を形成すると共に、内周面長手方向に異形面を形成した緩衝材押え23とクラツチハウジング5を着脱自在に形成し、アウタパイプ7の後端部に緩衝材25を固着し該緩衝材25を緩衝材押え23と原動機3に取付けたクラツチハウジング5ではさみ、且つ緩衝材押え23の内周面長手方向に形成した異形面に該異形面に合せる形状に形成した緩衝材の外周面長手方向の異形面を固止し、クラツチハウジング5に取付けたベアリングによりクラツチドラム21を回動自在に支持するよう構成したことを特徴とする刈払機の防振装置。(別紙第一図面参照)
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙第一図面(本願明細書図面)
<省略>
別紙第二図面(第一引用例図面)
<省略>
別紙第三図面(第二引用例図面)
<省略>